夢というより、臨死体験に浸されるような空想に耽ってしまった。そして、どの夜の物語を読んでも、ふと消えて無くなって自らが遺骨になったような気持ちになった。
第一夜
教科書で習った記憶があいまいに残っている。
百合は「百」に「合」うと書く。百年待っていてという願いは露を落として揺れる花と重なる。
永遠を願う愛の姿が美しく、生死を超えた約束に儚くも強い情念を感じます。
第二夜
悟ろうとすればするほど悟れない。自然に息をしようと意識すると呼吸が変になるのと同じだ。有って無いような、無くって有るように見えたときが悟りチャンスた気がする。
禅の考え方が滲んでおり、執着を捨て自然に従うことこそ真の悟りに繋がると考えさせられます。
第三夜
仕事で疲れているときに見る悪夢ってだいたいこんな感じ。子どもが物理的に重くなるのかと思ったけど、精神的な重さだった。結構すき。
心に抱えた罪や重圧が夢に反映され、人間の内面の苦しみがリアルに描かれています。
第四夜
こういう人を「インチキおじさん」というのだろうか。一緒に川に入らなくてよかったね。
あ、夢か。
現実と夢の境界が曖昧になり、身近な誘惑や不穏な雰囲気に不安な気持ちになります。
第五夜
処刑前のひと時を邪魔される。たいていの夢はこうだ。ロマンスを再現することはほとんどない。第一夜は青白いイメージを持ったが、こちらは赤黒いイメージ。対極だ。
儚い幸せはすぐ途切れ、明暗二つの世界が対照的に描かれ、人生の無常さを痛感します。
第六夜
運慶は木の中にある仏像を彫っているという話。明治の木には仏像は埋まってなかったかい。そうかい。そいつあ大変だ。一番好きな夜かも。
本物の芸術は外から作り上げるものではなく、内に眠る本質を引き出すものだと学び、最も心に残った一編です。
第七夜
『自分はどこへ行くんだか判らない船でも、やっぱり乗っている方がよかったと初めて悟りながら、しかもその悟りを利用する事ができずに、無限の後悔と恐怖を抱いて黒い波の方へ静かに落ちて行った。』
このあと寝ピクして起きるね。
行き先の見えない人生の迷い、後悔と恐怖に囚われる人の姿が胸に迫ります。
第八夜
美容室。他のお客さんがどんなヘアチェンジをするのかってちょっと気になるかもな。自分の理解を超えて物事が進む感じが夢すぎて良い。
近代化によって変化する日常、理解不能な出来事が夢らしい奇妙さを生み出しています。
第九夜
幼少期の思い出と幻が混ざるのも夢あるある。御百度参りをしても叶わないものは叶わない。神様はテキトーだ。
信仰の形だけに拘っても願いは叶わず、現実の厳しさと空想の虚しさを感じます。
第十夜
仕事で悩みがあるときこういう類いの夢を見る傾向にある。終わらない、終わらない、終わらない。パナマ帽だけが夢の終わりを知っている。
繰り返される煩わしい日々、出口の見えない悩みが描かれ、人の疲れと渇望が伝わってきます。
